雑感コラム2013年10月


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□コラム更新記録

   ・10/5 人間の体のすごさ   ・10/23 リスキーでリソース   ・10/26 呼応

呼 応


2013年10月26日(土)


 10月も下旬になって秋の風。今朝、ストールをまいて出た。ようやく秋らしい気候になった。ただ今はいいけど、長期予報では寒い冬にんるとか。夏は暑すぎて、冬は寒すぎて、バランスの崩れた最近の気候。さて、この秋の紅葉はどうか。


 先日日経朝刊の「文化往来」に『鶴岡市の黒川能、和歌山と京都で上演』。ナニナニと紙面に目を近づけた。黒川能が県外にでて、道成寺で20年ぶりに、京都では40年ぶりに上演されるという記事。


 2006年6月、仕事で初めて山形県へ行った。その時教えてもらった黒川能。世阿弥の『風姿花伝』をバイブル的に思った時もあったから、お能と聞いて、アンテナが張った。能登から距離からして、世阿弥の流れかと思ったら、そうじゃないと聞いた。


 翌年2007年2月、思いがけず黒川へ出かける流れになった。まったくの個人的な旅。前日の雰囲気を感じるだけだったが、思いを果たせた。「アルケッチャーノ」にも寄った。


 仕事でいろいろ出かけたついでにその土地を歩く。それもたのしみで、土地ごとに思い入れが増すが、なぜだか山形にはそれが強い。風土、景色、人。もちろん食に酒も。それらすべてが絡み合って、独特の空気感を抱いている。気の合う空気なのかもしれない。


 日経の記事を読んだ後、思わずメールをした、黒川能を教えてもらった方へ。返信はすぐにあった。数日後には地元の便りも届いた。この呼応する自然な流れ。やはり気の合う空気がそこに流れているよう。





リスキーでリソース

2013年10月23日(水)


 10月もはや下旬、今日は朝から雨。また台風が近づいている。先日の伊豆大島の災害、情報が伝わるにつて、人災の声。噴火などの経験から防災に関する高い学習能力を持っているはずなのに。昨日は大手ホテルグループの食品偽装のニュース。一時頻発した偽装問題、そこから学習していなかったとは。組織は人間の集まり、人間はリスキーであり、最大のリソース。


 昨日の朝、ラッシュの過ぎた地下鉄車内は空いていた。3つほど座席にすわりかけた時、左隣にすわりかけた女性が何かを見つけて、一つ間をあけて座った。細い黒い棒状のものが散らばっていた。女性をそれを拾い始めた。たぶん、後で乗ってくる人のためを思って。それを見ている自分が何もしないのはちょっと気がひけた。


 女性は拾い終わったものをどうしようかという様子。『こちらにいただきましょうか』と声をかけた。一瞬意外な表情をしたがホッとした感じでこちらに手渡した。何だったのかとみると、シャープベンシルの芯だった。バッグの中にちょうどあったメモ用紙に包んでバックのポケットに収めた。


 今から20年以上前、当時通っていた教室で、受講生数名が先生にプレゼントをした。受講生に囲まれ、その場で先生が包みを開けようとした時、開けてさしあげた。中身を喜び、包みになおそうとした時、それも代わりにした。腰を屈めて、く元の通りに包もうとするがうまくいかない。何度か試みるがダメ。そこへ誰も手を差し伸べなかった。ただ笑っているだけだった。


 あの時の感覚は意外にもよく憶えている。ヘタに動かない方がベター、そんなを了見をかい間みた気がした。自分がやらないなら、少なくとも代わりにやっている人を笑ってはいけない。難を一人にまかせて、他は傍観者。集団にリスクを生む元凶。無理はいずれミスやトラブルにつながる。一方、他が一緒になって難に取り組めば、一人の負荷が軽くなり、何より、協働意識が人の気持ちをよくする。


 ともあれ社会の一員としてリスキーな人間でないようにだけはしたいもの。





人間の体のすごさ

2013年10月5日(土)


 うっかり9月のページに書きかけた。いやいや、もう10月だったと新しいページを追加。何かと立て込み、あっといまに時間がすぎてゆく。10月に入っても日中は夏の延長戦のようなお天気で、秋の装いでは暑く、夏物ではさすがに季節感がなく、服装にこまる。8日は「寒露」。名実ともに秋めいてほしい。


 こういった季節の変わり目は体も混乱する。体調を崩しやすい。それほど体というのは繊細で環境と呼応しているのだと再認識する。人間も自然の一部とよく言われる。科学的にもまだわからないことが多いようだが、先日1日の新聞記事には感心させられた。「休眠状態の卵子育てる新不妊治療」の記事。


 『眠った状態の卵子のもとである原始卵胞を目覚めさせる物質を加えて・・・』。卵胞の“原始”?! それが残っていれば治療の効果が期待できるのだとか。“原始”という言葉に引きつけられた。卵胞に限らず、体の隅々奥深く、さまざまな原始が眠っている・・・、そんな風に考えた。


 体の原始の力。それを呼び起す働きかけ。運動がそうだろうし、知的な作業もまたその一つ。そういえば「フェルデンクライス」もそうだ。“バリアありー”の介護施設で老人の生活機能が改善しているという記事もあった。独特のリズムで外から指圧するだけでマヒした腕が動きだしたというリハビリもテレビで紹介されていた。


 原始、野性。人間の身体の底知れない潜在性。そういう目をもって日常生活をすると、小さいながらも大きな発見をするかもしれない自分の体に。ここに Quality Of Life の第一歩あり?



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