雑感コラム2014年6月


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□コラム更新記録

   ・話せる相手  ・この場に下書き

この場に下書き


2014年6月14日(土)


 今日も梅雨間の晴れ。空気も乾燥して、風が心地いい。昨夕の帰り道、淀屋橋から歩いて、うつぼ公園へ寄った。バラ園を囲むように配置されたベンチ。そこでしばらく新聞を読んだ。


 しばらくすると足元に何かが近づいてくる。鳩だった。こんな風に雀もよく近づいてくる。いつか知人が言っていたことを思い出す。「精神が開放され、自然の中に溶け込むと鳥が近づいてくる」。どうなんだか。


 6月も半ば、まもなく夏至。本当なら先月中にとりかかる予定の原稿、逡巡を重ねるばかりでは先へ進まない。そういう時に背中を押す人に恵まれているのがさいわい。


 「ボリュームの大小は関係ない、とにかく書いておくこと」、「連載してはどうですか」、「わたしたちに残された時間は少ない、早くとりまとめておきましょう」。


 三人三様にハッパをかけてもらった。そういうタイミングで、突然事務所を訪ねたきた知人がプレゼントすると言ってもって来た本。その中に著者が次のように書いていた。


 『この本は私自身の無知を描き、教育するために書きました。そして、さらに、他の人たちに強要したりせずにさとりの体験をどう生かしてゆけばよいか、みなさんに示してみようと努力しました。(略)』。


 さとりの体験ではないが、似たような気持ちを表してくいる。こういう偶然の重なりはいつも、見えない力の一つのメッセージ。そう解釈して自分のものにするのがいい。過去の経験からもそうとわかっている。


 自業(じぎょう)と自分なりの呼んでいる概念=自分ならではの仕事とライフスタイルで人のためになり自分のためになる生き方。アンバランスな世の中でバランスをとる働き方・生き方とも言える。


 自分自身を見直し教育し、誰かのためのアシストができる一つの知の体系。自業の見つけ方、守り方、、究め方にあたるようなことをまとめ、示したいと思う。


 こう書いたからには、習慣化して書き貯めていけるはず。もう後戻りできない。




話せる相手

2014年6月5日(木)


 近畿も昨日梅雨入り、昨夜はけっこう降った。今朝はやんでいるが、いつ降ってもおかしくない空模様。晴れない天気が当面続きそう。おかげで紫陽花は瑞々しく、たおやか。きれいなものが見られると考えよう。

 ものは考えよう。言い古されているこのことも、年を重ねるほどに、身にしみてよくわかる。どんなことに直面しても、それをどう考えるか、それこそ「智」なのだと、『無の探究』には書いてあった。6年ほど前にそう読んだ。

 限られる自分の智、だからこそ外に求める。一番はやはり人。先日も古い友人が訪ねてきた。50歳を迎えたと同時に、人生を一転させ、創作活動で独り立ちして2年半。スタートアップから一段の飛躍を期す時。

 相手が話して、こちらが聴いて。こちらが尋ねて、相手が話して。そうするうちに、相手の頭の中もメリハリがついてくる。声を出して話す内容が自分の耳に入って、自分で納得する。少しは智の助けになったろう。

 もともと人の話はよく聴くほうで、自分からの話もよくする。でも昨日ふと思ったのは、人の話を聴くことは多くても、自分の話をすることは少なくなった。年長者になるにつて、そういう役回りになるのか。

 お年寄りが自分の話を繰り返しするようになるのは、そういうこともあるのだろうか。若い頃のように、日常的に友達どうしで飽きることなく話すようなこともなくなって、気持ちを発散するようなことがなくなっているせいか。

 あらためて、だんだん限られていくけど、話せる相手のいることに感謝。
 

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