読書をする  − 仕事を超えて、自分を拓く −


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『読書とは本業以外の本を読むこと』(堤清二)

2018年4月6日(金)更新  〜 本を好きなわけではなく 〜


 先日、3ヶ月ぶりに会った友人から、『時々ホームページをチェックしてるけど、本、よく読んでるよね』。このページを開いたみなさんも同じように感じられるかもしれませんが、こうしてまとめて載せているから、そう見えるだけです。

 このページは昨年7月に追加したばかりです。昨年年初に、“自分で勉強する人が意外に少ない…”と気づいて。セミナーもコンサルも受けて、それなりに投資しているのに、そのあとの〈自習〉をしていないのです。

 それ以来、ことあるごとに、「みなさん、自習をしましょう、読書をしましょう」と唱えています。そこで事例がてら、このページが追加したのでした。

 昨日更新した『Study−仕事の』には今回、過去に仕事に役立つと思って手にした本のリストを少し載せました。初期の手帳にそれらを記録しています。見直しながら、“われながら、よく勉強したなぁ…”。

 念のためですが、別に本が好きなわけではありません。ただ、自問自答の助けになるのは、本が手っ取り早い。モンテーニュの『エセー』のように、古典に答えを見つけることもできますから。


「おわりに」の一節に親しみを感じる『時間とはなんだろう』  2018年5月3日(木)掲載


 新聞の広告をみて気になっていた本。買ったのは2017年12月11日。すぐに読み始めたものの、何かを慌ただしく、読み終えたのは今年2018年4月8日。

 「時間」に関心が出てきたのは、独立してからのこと。10年ぐらい経ったときに、ふり返って、人との出会いの不思議さすごく思って、そのタイミングというか、流れというか、そういうものが時間のなせるワザのように感じて。

 当時は、人間それぞれに生まれた時を出発点にその人の一生に時間の流れ、道すじが決まっていて、たまたまその道すじのどこかで交差した人と出会っているのではないかと考えました。ある意味、平面的。

 その後『宇宙は本当にひとつなのか』(村山斉 講談社ブルーバックス)を読み、わたしたちのまだ知らない7「次元」が空間の中に隠れているかもしれないと書いてあって、「時間」へのイメージは少し変わりました。ある意味、立体的に。

 今回のこの本を読んでは、もうすこし柔軟にとらえるようになりました。社会生活に使われる時間は一つの決め事だからそれはいいとして、人間個人にとっての時間はその人が動くことに発生させているのではにか。横になって眠っている時は、その場、地、空間の過去の記憶または隠れた次元に入り込んで、夢の見るのではないか、など。

 結局のところまだ「時間」はコレだと特定することはできないそうですが、最終的に次のように説明してくれています。なんだか、「時間」をいとおしく感じます。

   「時間は、時空、重力、量子場に刻まれた建造物を絶妙に繋ぐ要石」

  著者は京大を卒業した方で、京大が肌に合ってそうな印象を受けます、本文を読むと。そして「おわりに」がまだ親しみを感じます。「理」を駆使して一つのテーマを突きつめていくと、それまで見えなかったものが見え、自分の世界の見え方が変わる。だから、

   「一人でも多くの方がご自身の学びを通じて世界を深め、その美しさを共に楽しんでもらえるのが私の願いです」

 わたしもそうありたいと思います。

若い人にこそ読んでほしい『エセー』、「堀田善衛」  2018年3月14日(木)掲載


 今年度の仕事も終盤、公私ともに整理整頓をして、新年度を迎える3月。2017年度は、「精神の糧を豊かに!」をテーマとして、自他ともに「自習」、「読書」を唱えました。

 科学者や経済アナリストも昨今さかんに文化的素養の大切さをうったえています。仕事や暮らしのさまざまな判断・判定を人工知能・AIに委ねる社会、人間には人間ならではの精神の働きに重きがおかれていくことになりますから。

 人間社会の普遍的な精神、個々人のアイデンティティー・精神性、そういったことを心身ともに覚え。そうでないと、時勢に翻弄されて、場合によっては、心を不健康にしかねません。

 大学生の5割が一日の読書時間ゼロという調査結果が2月26日に発表されました。20歳の学生なら生まれは1998年前後、金融破たんが続き、親世代は混とんとした社会状況の中で悪戦苦闘していた頃です。

 経済的にも精神的にも余裕がなく、子供に読書習慣をつけさせることができない世帯が増え始め、一方ではインタネットが生活の中に入り始めた時ですから、そういったことも調査結果の背景にあるでしょう。

 それでも、読む人は読む。そして読まない人は今度さらに読まなくなりそうです、AIなどの広がりで。これからの世の中では、若者たちの同世代間<文化ギャップ>、<コミュニケーションギャップ>が深刻になりそうです。

 良好な人間関係は仕事や生活の質に欠かせませんから、若いうちからギャップにさらさせると、特に本を読む人の方に、孤独感を深めたり、自分を見失う人が増えるのではないかと心配です。

 そうならない精神力の助けになるのが、古典や<良識>ある先人の知です。「モンテーニュ」と「堀田善衛」は若い人にこそお勧めします。

 中公新書の『モンテーニュ』は著者の熱い思いが読者をさらに勇気づけます。『めぐりあいし人びと』の前に、『若き日の詩人たちの肖像』を。「堀田善衛」は人間とは、社会とは、というようなことを考えさせてくれます。

 ちなみに「堀田善衛」は「モンテーニュ」の『エセー』を、「(人間を見直す)試み」ととらえています。2008年11月に神奈川近代文学館であった『スタジオジブリが描く乱世 堀田善衛展』の展示に書かれていました。


私の日本語雑記』、散歩するように読む   2017年11月24日(金)掲載


 2010月5月に岩波書店から出た「中井久夫」の本。新聞広告を見てすぐに購入。10数年前に知人から教えられて読んだ『治療文化論』に、不遜ながら、何かしら共有するもの感じていたもので。ただしずっとそのまま置きっぱなしにしていたのでした。

 それが、5月に読んだ「岡潔」にも通じるものがる気がして、6月中旬に読み始めました。実際同じようなことが書いてあり、例えば「情」があって知があるとか、俳句や詩歌のことなど。「中井久夫」という稀有な知性と感性の偉人が書く日本語。その内容は日本語を周縁からとらえ、心身と外界の垣根なく、宇宙的。

 読みながら気づいたのですが、この本のすごいのは、読んでいるこちらが賢いように感じられること。まるで自分がこの本を書いているようにも思える、不思議です。著者ならではの観察がこの本を創っているのですが、その観察眼が自分のもののようである錯覚。著者ならではのなせる業でしょうか。

 この本は一気に読わなくても、ふらっと自然の中を散歩する気になった時に読めばいいような、そういう一冊です。6月18日に読み始めて読み終えたのが昨日11月23日、けっきょく5カ月になりました。いい散歩ができた気分です。付箋をつけた箇所が無数。そのうちから特に気になる箇所をフォームに手書きして保存。

 この本もまた、ものごとの本質、『われわれな何者か、われわれはどこへ行くのか』の示唆を与えてくれています。どの仕事、どの業の人にとっても、自分を生き、社会でそれなりの役割を果たそうとする人それぞれに、学ぶことの多い本です、『数学する人生 岡潔』と合わせて。


『晩年のスタイル』、10年経って読む   2017年11月28日掲載


 『数学する人生 岡潔』を読んだ後、ずっと書棚におきっぱなしの『晩年のスタイル』(エドワード・W・サイード)に目がいきました。原題は『On Late Style』。サイードのいう「レイトワーク 後期の仕事」を知ったのはテレビ番組に出演していた「大江健三郎」のお話しからです。たしか2002年の終わり頃でした。

 この本の出版は2007年。出た時に広告か新聞の書評で知り、すぐに買いました。でもなぜかしら読む気にはならず、置きっぱなしにしてはや10年。本を読む場合、一冊入り込んだ本があると、その系統が続くものです。「岡潔」を知って、ようやくこの本も読むことになりました、5月下旬から6月初めにかけて。

 読んでそれほど強い印象は受けませんでしたが、確実に一つは自分なりに認識を新たにしました。それは、老いてラディカルであること。妙に老成して、納まってしまってはつまらない。若年期、壮年期を経て、精神はそれなりに熟成されているのだから、それを閉ざさず、自他ともに大いに味わえるようにすること。

 そう思えた一冊でした。付箋の数はそれほど多くありませんでしたが、大事な箇所を手書きして精神の糧に。


『数学する人生 岡潔』、二度の驚き   2017年11月19日掲載


 ここ数年では一番に心に迫った本。今年5月に読みました。編者は『数学する身体』で小林秀雄賞をとった「独立研究者」の「森田真生」。この人自身が「岡潔」に導かれて専門を数学に移したほど。現代人に「岡潔」の存在を伝えたいという思いからの出版とあって、内容がうまく構成されています。

 最初は受賞本の『数学する身体』を買うつもりで書店へ行ったのです。昨年の9月末ごろ地下鉄車内で、若い男性が単行本を食い入るように読んでいた。カバーはかかっていなかったので、なんとか、「数学」という文字だけは見えた。数学の本で、そんなに…?

 その本が『数学する身体』らしいとわかったのは、それからしばらくして日経新聞に載ったインタビュー記事。「独立研究者」といういき方にも共感、受賞本を読んでみようと思ったまま年を越して春になってしまいました。おまけに買ったのは『数学する人生 岡潔』。こちらに本質があるように感じたものですから。

 これほど入り込んだ本は久しぶり。食い入るように読みました。自分が同じ時代を生きているように感じたほどです。こういう人がいたんだという驚き。付箋をつけた箇所はすごい数になりました。その箇所を所定のフォームに書きとめながら、言葉をまたかみしめる。普遍的なもの、真理というようなものにふれる本です。

 『いま、読んでいる本があるんだけど、岡潔、この人は…』とクライアントが言いかけて、えっ!という表情をしたこちらの反応に先方も驚いて、しばらく二人で熱烈に「岡潔」の知を語り合ったのは、今月初め。20年を越えて続くクライアント、その<わけ>をあらためて気づかせてくれた『数学する人生 岡潔』です。


2017年7月10日本ページ追加  Styleの下地または背景に、読むこと書くこと

 2017年2月11日にクレオ東館であった『ビジネスセンス塾Vol.3−人に学びつつ、倣わず、ワタシ流を磨く』。レジメの中にワタシ流を磨く二大習慣として読書と<書く>をあげました。そこで例として自分の読書歴を簡単に書きだしたのでした。

 『書くこと、話すことは、魂の労働』。批評家の若松英輔氏の言葉です。そうか、そういうことかと、今さらながらに合点がいったものです。自分を問い、答えをもとめて本を読み、日々感じ、考える。それらを書きながら、また考えに<ふるい>をかけていく。その積み重ねは確実に「Style」の背景になっています。

(以下、レジメの抜粋)



 合わせて1999年6月のリーズレターをご案内します。自分を知る旅の大きな拠り所となったのは本でした。

 

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